福岡 博多 高収入 求人 アルバイト|女性のための風俗求人・バイト情報|優良風俗店 デリヘル COLOR (カラー) - カラーむかしばなし

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最後に読んで欲しいAさんの軌跡(平成19年~20年実話)

Aさんは地元の4年制大学に入学したものの、家庭の金銭的事情
により、大学を3年終了時に退学しなければならなくなり、地元の
小さなアパレル会社に就職しました。
その会社は、中小零細企業で、当然のようにほとんど休みも無く、
遅くまで残業も当たり前の中、身も心もズタズタになりながら
毎日安い給料で頑張っていたそうです。
しかもその会社の業績は悪化するばかりで、入社から約1年後、
Aさんは働いていた事業所の閉鎖により解雇になりました。

大学退学、そして事業所閉鎖。
二度の苦しい思いを経験し、生活の余裕も無く、
たまたま携帯のインターネットで当店カラーの求人広告を見つけ、
カラーの面接を恐る恐る受けに来たのがAさんとの始まりです。

待ち合わせた無人駅9月末のまだ残暑が残る夕方にJRの無人駅で待ち合わせ、
近くのファミレスで面接を行ったのを今だ鮮明に覚えています。
Aさんは当時23歳という若さながら、過酷な労働条件のもと働いて
いた為か、地味な洋服に髪はボサボサ、手の爪はガサガサになって
いたのも覚えています。
面接して直ぐに真面目で謙虚な性格が読み取れました。
しかしながら、風俗経験はほとんど無く、不安の顔色は隠せない様子も感じ取れました。
面接のときにAさんが私に質問してきた言葉も覚えています。
「一週間で一万円以上稼げますか?」と、、、
とりあえず面接は合格し、早速翌日からカラーに出勤することに決まりました。

会社を辞めてアルバイトもしていなかった為、当初は、夜の出勤で大体18~19時頃から翌朝5時までの出勤・待機とし、次のお昼の仕事が見つかるまでカラーで頑張ると言っていました。
入店当初からしばらくの間は、一日1~2人の接客で終わっていたような気がします。
時には忙しい日もあり、時には暇な日もありましたが、事務所で待機しているときは、大体女の子同士でおしゃべりしたり、テレビを見たり、仮眠をとったりして過ごしていました。

その後も週に4~5日位、大体18~19時頃から翌朝5時まで出勤・待機し、遅刻もほとんどせずに、コツコツと頑張り続けました。(当時の営業時間終了は早朝5時でした。)
私もAさんが出勤の時は朝の5時まで時間を共にして5時になったらAさんを送迎車で自宅まで送っていました。

入店から大体1ヶ月くらい経ってからでしょうか…、彼女の謙虚で前向きな姿勢と頑張りがお客様の評価につながり、それがリピート指名につながり、徐々にお店の中で人気の女の子になっていきました。

そして12月、このお仕事で一番忙しい時期です。
もちろん彼女はお店の中で一番人気でしたので、出勤の時はほとんど予約が入る状況にまでなりました。
そこには、Aさんと出会った時のボサボサの髪、そしてガサガサの爪はもうありません。
日に日に女としてのお洒落を身につけ、綺麗になっていくAさんの魅力を感じるようになり、給料も1ヶ月で40~50万円を超えるようになっていました。

ここでAさんはある決断をしました。
それまでカラーの仕事がお休みの日に何回かハローワークに行っていたものの、これといった納得のいく仕事が見つからないことから、もしここで適当に再就職しても、悪条件の会社だったり、会社が潰れたりして、前回と同じような事を繰り返し、二の舞を踏んでしまうような気がする。
それならとりあえず、カラーで3月位まで頑張ってお金を貯めよう!
そして、そのお金を使ってもう一度学校に行って資格を取ってしっかりとした会社で働こう!
もともとパソコンにも興味があった為、IT(インフォメーションテクノロジー)の勉強をしようと考えたようです。

ちなみに、お正月にもカラーに出勤、雨の日も雪の日もコツコツとカラーに出勤し、3月まで頑張り続けたのです。
約半年間カラーで頑張り続けた結果は、Aさんの百数十万円という貯金として残りました。
その貯金を入学金や授業料に充て、4月からコンピュータ関係の専修学校に通い始めました。

4月以降のAさんの生活は、平日のお昼は学校、夜は学校の予習・復習、学校が休みの週末だけカラーに出勤し、普段の生活費に充てるお金をコツコツ稼いでいました。
週末だけでしたが、これまで通りコツコツと半年間、頑張ってカラーに出勤し続けたのです。

そして9月、とうとうAさんとのお別れがやってきました。
Aさんが地元大手IT企業の内定を取ったのです。
約一年前、ひなびたJRの無人駅でAさんと出会ってからの一年間、Aさんの涙ぐましい努力はお金になり、そしてそれがAさんのスキルとなり、Aさんの人生は一変しました。

Aさんがカラーを辞める時、Aさんと過ごした一年間の日々が走馬灯のように私の頭をよぎり、胸が詰まる思いでした。
そして、Aさんを心から祝福し、見送ってあげました。
本当によく頑張った、お疲れ様。。。心からそう思ったのです。

Aさんは、その後も何度かお店に遊びに来ましたが、だんだんと疎遠になり、今では風の便りで幸せな結婚生活をおくっていると聞いております。

[平成22年5月 カラー店長]

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